≫TOP ≫SKGなのだ ≫団長の挨拶 ≫SKGの歴史 ≫新湊球狂連 ≫お知らせ  
   
◆SKGの歴史(2002年以前)

◆2003〜2004年の「SKGの歴史」はこちら
 年月日  行事・事件・内容
 83年4月 「SKG結成」
この瞬間、みんなの人生が狂いはじめたのをこのときは誰も気づいていない。
 7月 「ミツハル涙の花束ごめんなさい事件」
ミツハル
氏が惚れた女に花束を送るも「ごめんなさい。」と言われみごとに
玉砕!
 85年1月 グッチ氏、愛車ブルーバードを田んぼの中へ突っ込む。
なぜか警察に連絡したが、レッカー車を呼んだ方が良いと言われそのと
りにする。
SKGメンバーが野次馬的に集まり、その後しばし酒の肴にされる。
 7月 グッチ氏、謎のストーカーに追いかけまわされる。
どういうわけかその後、ストーカーと
別宅で一緒に暮らす。
 9月 「ジャパン漁港転落事件」
ガキ氏の愛車ジャパンが
気が付くと漁港に落ちていた。
引き上げるためみんなにおおいに迷惑をかける。
 11月 「真夜中の珍沈悶絶怪事件」
タツ
氏宅で大勢で酒宴。かなり酔っぱらってみなさん雑魚寝状態。
その時突然、なにを血迷ったかタツ氏とガキ氏がちんちんをくわえ合う。
遅くまで起きていたチチ氏とミツハル氏が、その凄まじくもおぞましい光景を目撃。
タツ氏がアイスピックをこたつ台の上へドスッドスッ!と刺しながら、「このことをだれにも言うじゃないよ。言うと命は無いからねえ。」と雪女化しつつ逆上気味に二人を脅迫。
酔ったうえでのこととは言えかなり後悔したのだろう。
この事件があっという間にみんなに広まったのは言うまでもない。
 86年3月 新湊高校野球部が春の甲子園選抜出場を果 たす。選抜出場はこれがはじめて。
SKGも「新湊球狂連」と化し、応援に行く。
甲子園では新湊旋風が巻き起こりみごとベスト4へ。
いやあ、感動しました。
8月 新湊高校野球部が春夏連続甲子園出場を決める。
初戦、優勝校の天理高校とあたり惜しくも敗退。天理は強かった。
おもしろい試合であった。
87年1月 「ブルーバード大破事件」
初詣に行く途中、ガキ氏の愛車ブルーバードがスタンド前で大破。
奇跡的に運転手以外乗組員は全員無事。
ガキ氏だけが入院し、事故の瞬間、走馬灯のように過去の記憶が蘇ったとのこと。
神様に感謝!
1月 「あっちゃ〜ん事件」
もくさん
が、好きになった女の子「あっちゃん」を手を振りながら追いかけまわす。「ん?」な事件。
 88年8月 温泉「花月荘」で初の大総会を開く(これ以降、総会は毎年一回温泉で開くことに決まる)。グッチ氏が芸者さんに特殊な技術で生たまごを飲まされ、すっかり怯えてしまう。
真夜中にゲリー氏とチチ氏が温泉で知り合った女の子たちと屋上で「だるまさんがころんだ」を延々5時間にわたってくりひろげる。
何を考えているのかわたしにはわかりません。
 10月 チーちゃん、謎の病気で入院。
病名は恥ずかしくて言えないわ、とのこと。
 12月 「初詣の乱」
泥酔のメンバー7、8人で初詣に行く途中、トガパン氏が他人になんくせをつけ乱闘事件へ。タツ氏が前歯を折り終焉(殴られたのではなくてどうもコケたらしい)。
次の日、みなさん記憶なし。 
 90年8月 「だらーず結成」
今枝博和
氏のもと、弟分「だらーず」が結成される。
彼等の人生も狂いはじめる。
92年1月

「初詣帰りの変」
初詣の帰り道、キヨシ氏が酔ったあげくキレて大暴れする。
泣きわめくは、突然怒りだしケンカをふっかけるはのひどい状態。
途中コンクリートに頭をぶつけて気を失う。5、6秒後復活し、さらに大暴れ。
おまわりさんに「君たち友だちなんだから最後までめんどうをみるように。」と言われ、そこにいたメンバー全員うなだれる。
家に連れて帰ってもおさまらずほとほと困り果 ててしまった夜であった。
次の日、キヨシ氏記憶なし。

97年8月 新湊高校野球部が夏の甲子園へ出場。結果 は徳島商業に5-7で破れる。うーん惜しかった。
98年9月 グッチ氏、ちんちんはれはれ病で入院。
メンバー20人程で見舞いに行く。
みんなで腫れたちんちんをのぞき込み「おおーっ!」というどよめきが沸き起こる。
「すげー!」とか言いながら憧憬のまなざしを贈るとグッチ氏やや照れる。
その後、うるさい!と看護婦さんに叱られ、「ごめんなさい。」とあやまりつつ退散。
11月 グッチ氏、腸にエイリアンを宿し再入院。
摘出されたエイリアンは無事宇宙へ帰ることができたのであろうか。
思えばこの一年、SKG名誉会長のグッチ氏にとっては災難な年であった。
99年7月 ミツハル氏、キヨシ氏、タツ氏、もくさんが東京のど真ん中へ乱入。
新湊弁をしゃべりまくりまわりの人たちに宇宙人扱いされる。
「郷に入りては郷に従え」という言葉は彼等の辞書には無い。
8月 新湊高校野球部が夏の甲子園へ出場。
初戦は石川県小松高校と対戦。0-5で負けていたのを9回、一挙に5点をあげて同点にする。試合は延長戦へ。
延長11回、大量4点を捕った新湊が9-5で勝利。
みごとなかつ奇跡的な逆転勝利であった。新湊特有の粘り強さを見せつけた一戦。
ミラクル再来か?とおもわれた二戦目はこれまたみごとに敗退。期待を持たせてコケるというところも新湊らしいのですね。熱い夏でした。
01年9月 SKG総会を山代温泉で開く。
宴会後、タツ氏仲居のおばちゃんに交渉。「どこか、おさわりのできる呑み屋で、ひとり5,000円で仕切れるところちゃあるけ?」 
仲居のおばちゃん「まかしとかれ!」と請け負う。
タツ氏、5人を引き連れ意気揚々とくり出す。
30分後、「ふざけるな!」と怒り心頭に発する様子で帰還。他の5人うなだれたまま。
案内されたところがどうも普通のスナックであったらしい。浴衣姿の自分達がまったく場違いであり、おさわりどころではなかったらしい。
う〜ん、バカですね。
次の日、「2度と来んぞ!」と捨てぜりふを吐きながら国際観光ホテルを後にする。
前の日を忘れ去るため、キリンビール園に立ち寄る。
うまいビールであった。かなり酔っぱらう。
02年3月 春の選抜高校野球大会で新湊高校が2度目の出場。
メンバーみんなで甲子園まで応援へ。夜の11時30分に出発。
早朝、吹田のサービスエリアで「雨のため中止」を知る。
「か、な〜ん言うとんがよお!」とみなさんお怒りの様子。ガキ氏、すでに泥酔突撃モードの戦闘ミサイル発射寸前!
タツマサミちんとその息子3人、ミツハル氏とその息子と甥子、トシヤ氏と甥子、チチ氏の息子でそのままユニバーサルスタジオへ。
いやはやものすごい人ごみであった。その半分は新湊市民か?
炎のアトラクションで糸型細目のミツハル氏の瞳孔が開く。
大坂市内で一泊。次の日の早朝、いざ甲子園へ。
やっぱり甲子園は良い。
大応援団の声援のなか、強豪愛工大名電に1-0で勝利!
まったくの横綱相撲であった。新湊高校ってあんなに強かったっけ?
2戦目、これまた強豪尽誠学園に4-2で惜敗。
次ぎは夏だ!
  ◆2003〜2004年の「SKGの歴史」はこちら
 
 
   ▲このページのトップへ 
 
Copyright(C) 2005 SKG Planning All rights reserved.