◆三日曽根の曳山(富山県新湊)
彫刻・彫金と刺繍幔幕 
  


三日曽根の曳山

 高さ8.14M、高山まで5.14M、長手5.68M、車軸長さ3.12M、車輪直径1.57M。
 曳山は、彫刻、彫金、漆芸、絵図等すべて吉祥構図であり、後世に伝える心魂を傾けた美術工芸の総合作品で、現代の洗練された美しさを備える共有の文化財である。

 標識(だし)の「和同開珎」は、わが国最初の鋳貨であり、貯蓄財宝による町の発展を表徴する。作者は、矢野茂。塗りは、沢 米峯。



昭和二十四年撮影
三日曽根曳山が再建された年に撮られたもの

曳山文化の誇りと
伝統の重さを受け継ぐ
 

 創建は、享保六年(一七二一)(柴屋旧記)この曳山は「三日曽根出町山」といわれ、お神楽山であった。この年は再建された八幡宮の慶祝大祭で、この祭りから八本の曳山が出揃うようになった。(放生津町曳山開発留帳)のち、宝暦(一七七五〜)のころ、太鼓山の板車に改良された。
 曳山の作者は、山体が井波の文助、彫刻は七蔵、塗りは瑞花の塗り絵を特技とした汐除(本町一丁目)の弥五郎。
 殊連は、前面に極彩色の大連菊花を、その四隅に上山を両手で支えるような唐子を彫り、上山欄間にいろいろな姿態の唐子遊びを埋めた曳山であったが、明治四十五年二月二十六日、三日曽根大火(俗称出町の火事)に類焼して惜しまれた。
  現在の三日曽根曳山は、昭和二十四年の再建で町民の敬神崇祖の結実である。

遊ぶ唐子に布袋様が微笑む

 王様(祭神)は、七福神の布袋(辻丹甫の作)で、大火の難を免れた大きな衣裳人形でまことに荘重である。相座の前人形は、唐子の三童子で「デングリ返し」ともいう懸垂回転のからくり人形で、観衆を楽しませる。
 作者は、別宮和二郎、機功は、奈田順作と島竹善作が仕上げた。

 中高欄の宝珠は、王様の布袋を含め七福神の彫刻を配する。

優美を極める「刺繍幔幕」 

 幔幕は、緋羅紗に、紅葉の下に「遊ぶ唐子」で丹念克明な描写が優れている。小坂勝人が構成(原図)。刺しゅうは、金沢の堀 治三郎の作。
 幕押の七宝は酒井栄吉の作である。

現代も息づく匠の粋
たしかな技術の奥に
職人魂の真髄をみる

 殊連の極彩色「牡丹」は、今井幸太郎の作。殊連下の木鼻は、四隅を「貘」その間に八個の獅子木鼻をつけている。うち六個は、「口中玉の獅子」で、すべて丸彫り金塗箔で仕上げる。
 また、木鼻の間には「四季の花鳥」を空間よく刻んでいる。作者は、竹田松洋。

 
 中高欄の「瑞雲」「玉とり竜」、殊連下に飛ぶ「胡蝶」は鑞型の銀ならびに青銅の彫金で、絵は、須賀木仙、月真の合作。

彫りの芸術「鏡板」 

 鏡板の、高肉彫り(三寸五分板彫出)「唐子越後獅子」は村井辰夫の秀作。
  鏡板覆の極彩色「向い双竜」は、井波の今井幸太郎作。
  脇に「牡丹唐草」、二十四孝の「竹の子掘り」ならびに「菅公」を力強く彫っている(二寸五分板三段彫)。
  極彩色は、室谷繁安の作である。

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