新湊の曳山
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(2012.10.4追加)

◆新湊の曳山(富山県)

  富山県新湊市では、毎年10月1日に放生津八幡宮の曵山まつりが執り行われます。
 朝、13本の曵山が放生津八幡宮の前に集まり、そこで御祓いを受けた後、曵山の巡行がはじまります。
 昼は花がさを飾る「花山」、夜は曵山を囲うように提灯を飾った「提灯山」が、豪華絢爛に、または勇壮に市内を練り歩く様は、観る者を魅了します。
 見どころはなんと言っても曲り角でしょう。優雅なお囃子はテンポの早い勇壮な曲にかわり、曵子たちは「イヤサー!イヤサー!」という掛け声とともに渾身の力をこめて曵山をまわします。
  重い曵山をいかに上手く操るかが勝負になり、各町の曵子たちはここぞとばかり気合いを入れ上手さを競い合います。
 港町らしい熱気あふれる曳きまわしは夜中の12時ごろまで続けられます。
 
 
≫三日曽根曳山
  彫刻・彫金と刺繍幔幕
それぞれ見事な彫刻の数々
≫新湊の曳山13本
  鏡板・彫刻 画像
(2006.11.1追加アップ)

◆新湊の曳山の歴史と由来

  創始の年代は不詳であるが1番山の古新町は、慶安3年(1650)の創設と伝え、次いで奈古町、中町が元禄5年(1692)に出来ており、約350年前から曵かれていたことが記録にある。
 初期の曵山は屋台車であり、山車(だし)の所有も町単位ではなく社寺やその町の有力者が自前の山車をつくって八幡宮の祭りに奉納していた。しかし元禄5年、曵山を出す時は、「町方の宰領で行うべし」という藩からの御触れがあり、この頃から曵山が町単位で曵かれるようになったのである。
 曳山の出来は、放生津の宮大工が中心に"山体"が作られ、彫刻・塗箔・彫金にも当地の飾師や桧物師が精魂を傾けた。
 後には高岡・井波・城端の技巧をも導入し、年次を重ねて研美を競い完工した。
 こうした放生津の曳山は、郷土文化の総合作品としての風格と伝統を守りながら大切に維持継承されてきた。
(以上、新湊の曳山資料から抜粋)

 
お囃子は三日曽根囃子方
≫「銀囃子」mp3
 (1:45秒 2.4M)
≫「万才どんどん」mp3
 (3:13秒 4.4M)
≫「見渡せば」mp3
 (1:50秒 2.5M)
≫「お神楽・ちんちこ・弥栄」  mp3
 (4:41秒 6.4M)
≫「新湊音頭」mp3
 (1:57秒 2.6M)
≫「戻り囃子」mp3
 (3:23秒 4.6M)
(2008.10.17追加アップ)
◆新湊の曳山囃子

曳山の囃子は、今日のものから原形を探ることは困難であるが、もとは、お神楽囃子のようなものであろうか。
 なお、いまの囃子の中に義太夫・清元・常磐津などの「賑ぎ囃子」が加味されているのは、放生津の"芸人連"を中心に伝承された音曲が、曳山囃子の形成に大きな影響を与えたものと推測される。
(以上、新湊の曳山資料から抜粋)

お囃子は「本囃子」と「雑曲」にわかれており、以下が曲名。

 本囃子  雑曲
 嘉和楽恵比寿(かわらえびす)  銀囃子
 神楽  ちゃんちゃりこ
 万才どんどん  見渡せば
 仮名和(かなわ)  おっぴき大さん
 唐加茂辞(からかもじ)  ちんちこ
 神楽どんどん  弥栄
 江戸越後獅子  だるまくづし
 邯鄲(かんたん)  宮づくし
 二つどんどん  新湊音頭
 開界(かいかい)  戻り囃子
 桜揃い  お神楽
 桜揃い

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